早咲き遅咲きの櫻があります。近所の2本の一方は既に葉櫻になっています。他方は今が満開です。奥州最北端に春がやってきています。

昨年は時ならぬ雪にお化粧をした花です。今年は、積雪量の多い厳しい冬でしたが、やや遅れて、今、樹木の芽が出始めています。

ガクンガクンと暖かさを増しています。芽吹きの素晴らしさには花以上のものを感じます。見ているだけでいつの間にか底知れない大きさのエネルギーをいただいていることに気づきます。

外気にさらされていないピュアーな瑞々しさ、そして生き生きとした姿は満開の櫻以上に見るべきものがあります。丁度赤ん坊をみる思いです。その華やぎは満開の花に勝るとも劣らないほどです。

話は飛びますが、昔、友人のF氏が『新緑に惹かれて、娘にみどりの名前をつけました。』と言っていました。聞いた瞬間は驚きましたが、今になってみると、確かに、魅力極まりの無い緑です。然もありなん、です。

カエデ(楓)の葉が開ききる寸前です。つい先日芽吹いたばかりです。生まれた瞬間から赤い葉です。やがて空が赤く染まることになります。地色は赤い葉ですが、秋になるとこれも紅葉(こうよう)します。やや不思議な色彩を帯びます。


タツサワ(立沢)がいつの間にか芽吹いています。これも紅葉(もみじ)の一種です。既に葉を開く寸前です、ここ1日2日で開ききるようです。葉肉が薄く葉脈が透けて見えます。そしてギザギザが9つに分かれて開きます。

この葉がデリケートなことからか、西行法師は歌にこの名前を織り込んでいます。『心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮』です。

春ではなく秋を歌ったものです。秋の鴫は単独行動をするようです。その一羽が飛び立つ決心をしている情景を歌ったものです。その躊躇(ちゅうちょ)もそうですが、飛び立つときの鳴く声に趣があるのだそうです。

更に、この西行の歌からとったといわれる名前があります。尾崎紅葉の金色夜叉(こんじきやしゃ)の「宮さん」の姓です。「寛一」の姓の間(はざま)は一般的ですが、宮さんの名前は知る人ぞ知る「鴫沢(しぎさわ)」です。


偶然にしては芸が込み過ぎています。尾崎も西行を詠んだ筈なのです。故意的に使ったことが考えられます。

西行の『心なき・・・』とモミジの「立沢」のどちらが先かはよく解からないところです。おそらくは西行が先のようですが・・・。

2012/05/08(火) 18:32