3月末になっても今日もまた雪です。しかし、儚(はかな)げです。昔から日本人が好む、そしてこの日記でことある毎に書いてきた所謂(いわゆる)「春の雪」です。

昔、横尾忠則が、昭和45年に切腹した「盾の番長」に慟哭してつくった詩があります。平岡公威(きみたけ)(三島 由紀夫)を詠った詩です。

話は脱線しますが、昭和の年に25を加えると西暦の下2桁になります。高校時代、O先生から教えてもらったものです。その理屈では、45+25=70です。したがって、昭和45年は西暦1970年です。

今は2012年です。2012-1970=42です。今から42年前のことです。横尾忠則がこの詩を書いたのはその頃です。「週刊朝日」で読んだ記憶があります。

『松ケ枝に積む春の雪 かくも清顕(きよけ)き和御魂(にぎみたま) 防衛(まも)らず何の文化ぞや 盾の番長阿頼耶識(あらやしき)』です。春になりかけの今頃はいつも思い出します。

この詩の「和御魂」の意味がよく解りませんでした。その頃はまだ、今のWEBは無かったのです。最近になってようやく繙(ひもと)くことができるようになっています。

神道(しんとう)では荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)があるといわれています。前者は荒ぶる魂で、天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きのことです。昨年はその荒魂が力を出した年のようです。


しかし、荒魂は、その荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂ともされています。

他方、和魂には、雨や日光の恵みを施すなど、優しく平和的な面があります。特に、和魂の中の幸魂(さきみたま)は運によって人に幸を与える働き、そして収穫をもたらす働きをするといわれています。神社では「豊」と表されているようです。

昔の人は、春、松の枝に降り積もる、いわゆる今日のような「春の雪」に、その優しく恵みの溢れる「幸魂」を映し重ねていたのかも知れません。三島が亡くなったのは実際には秋でした。しかし、横尾忠則は三島の生き様を「春の雪」として表現せざるを得なかったのかも知れません。

それにしても延々と降り続く今年の「春の雪」です。庭は依然として人の出入りを拒んでいます。

2012/03/24(土) 19:06