
暑さ寒さも彼岸まで、の春分の日です。早朝、Z氏が『墓の除雪をしてきました。』とお出でになります。ここ数十年欠かしたことのない「雪切り」です。その作業を終えてお茶を飲みに寄ります。
話は飛びますが、当地では「雪片づけ」のことを「雪切り」といったものです。これは、文字通り、雪を鋸(のこぎり)で伐った頃の名残(なごり)のようです。今のようにタイヤショベルが一般的でない時代です。
半世紀前は、家の前の道路は単に踏み固めるだけでした。踏み固められた雪は、スコップでは砕くことのできないカチンカチンの氷になります。それを、春の今頃に「雪切り」をして、数か月ぶりのアスファルトを出すことになります。子供の頃には、この年中行事が大仕事に思えたものです。
『いつもよりも30cmは多い。』とZ氏が言います。客観的にも今年は特に雪の多い年です。その兆候らしきものが昨年の夏に感じています。まず「キノコ」の不作です。専門家のS氏であっても、イクジ、サモダシは殆ど収穫できなかったそうです。
マツタケの専門家を自負するT氏もそうでした。彼からは毎年、結構な量をいただいていますが昨年は10本ほどのお裾分けに止まりました。また、K社長の奥さんが、『カマキリが、例年よりも高いところに巣をつくっていました。』と言ってもいました。昨日お会いした方は、『大雪は5~6年ごとに来ます。』と分析していました。キノコにしてもカマキリにしても説得力は今一です。しかし、「寒さは彼岸まで」、とはいうものの、昨日一昨日は猛吹雪です。今期の大雪とキノコ等の要素には何らかの相関関係があるように思えてきます。
今日も「漆塗り」を楽しみます。ここ数年課題としている「拭き漆」です。塗って拭き取る工程を繰り返すことで膜の層が積み重なります。その膜が極めて薄いことから、木目(もくめ)を味わうことが出来ます。
「津軽塗り」等の分厚い漆でのコーティングは中身の木地の得体を隠してしまいます。仮に、優秀な木地を用いているとしても折角の木目を隠してしまいます。勿体ない思いがするのです。逆に、一般的に、厚く塗られた大抵の場合は、秀木を使ってはいないようです。
「拭き漆」の場合は、塗った漆の殆(ほと)んどは拭き取られます。その意味では贅沢(ぜいたく)な漆の使い方です。また、この「拭き漆」は失敗の少ない塗り方です。厚く塗られた漆は綺麗に乾燥しない傾向があります。この理由は、空気に晒らされる漆の表面と内部とでは、乾きに時間差があるからのようです。
話は飛びますが、漆の乾きには高温多湿が適しているようです。高温と多湿とでは多湿が優先するようです。今頃の塗りは、寒さよりも乾燥が乾きにブレーキをかけます。
まず、ゴム手袋をはいて木地に擦り込むように塗っています。「しばらくの時間」を置いて「拭き紙」で拭き取ります。この「しばらくの時間」はその日の湿度によって異なります。乾燥している日は、やや長い「しばらくの時間」です。
「拭き紙」もデリレケートな世界です。実は、以前、布で拭き取ったことがあります。見事に失敗です。粘性のある漆によって、布の細かい繊維が無数に出てくるのです。糸ゴミの付着した作品になってしまうのです。プロは専用の紙を使っています。とはいうものの、紙には裏表があります。裏を使うと、細かい紙の繊維が次々にでてきます。そのときは、折角塗ったものを徹底的に剥ぎとる結果になります。
この専用紙の優秀さは、「適度な拭き取り」にあります。折角塗った漆を根こそぎ拭き取っては意味が無いようです。拭き取っても極薄い膜が残るところが優秀の所以(ゆえん)です。
下世話ですが、現在手掛けている椅子では、1回の塗りで3枚ほどを要します。因みに、1枚10円ほどです。
午後、K社長がお見えになります。漆を見てそそくさとお帰りになります。実は、3年ほど前に、徹底的にカブれたことがあるのです。拒否反応を示しているのです。恐縮すること頻(しき)りです。
しかし、この工房作業の一瞬が、明日からのお仕事に向かう意欲を高めてくれているようなのです。止めることの出来ない栄養剤の補給と心得ているところです。
2012/03/20(火)
16:25