
ホトトギス(杜鵑草)が咲いています。このホトトギスは鳥のホトトギスの姿に由来しているようです。実は、これまで、その似るところを葉の模様と誤解していました。
葉もまた濃淡の斑(まだら)を持っているのです。その勘違いから、あまり好きになれない草花でした。
そして、今夏、初めてホトトギスの花を見ます。白地に水色、青、そして紫の斑点(はんてん)が散っています。不思議な艶(あで)やかさです。
名前の由来は、その綺麗な花の斑(まだら)が、鳥のホトトギスの胸の様子に似ていることからのようです。これまでの不見識に汗顔すること頻(しき)りです。
徳富蘆花(とくとみろか)が「不如帰(ホトトギス)」を書いています。舞台は日清戦争の頃です。浪子の『あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!』は、微(かす)かな記憶に残っています。
くどいようですが、『目には青葉 山ほととぎす 初がつを』の「ホトトギス」は「鳥」のようです。初夏の「初がつを」から判断できそうです。
他方、植物のホトトギスは今咲いています。植物のホトトギスの季語は秋のようです。いつの間にか秋になっていたことになります。
よく解かりませんが、ホトトギスにはたくさんの字が使われているようです。霍公、霍公鳥、郭公、不如帰、子規、蜀魂、杜鵑、杜宇、田鵑、時鳥等、だそうです。
鳥か花かは解かりませんが、仮に、正岡子規も採用したとなると驚くと同時に納得もします。古い歴史を秘めるホトトギスです。然(さ)もありなん、です。
まだ蕾(つぼみ)のものがグジャグジャついています。暫(しば)らくは咲いていそうです。あらためて楽しむつもりでいます。
さて、工房では日課の作品づくりとともに、「下駄づくり」です。前者は仕事で後者は研修テーマです。下駄づくりは第3作目に入っています。今日は組み立てと塗りです。組み立て、というのは歯(足)の挿(さ)し込みです。少し気合の入るところです。実は、ホゾが紙一枚ほど幅広のようです。青森ヒバの薄い木片で微調整することにします。薄い、というのは0.2mmほどの、文字通り紙のようなレベルです。
この加工手段につかったのは丸鋸(まるのこ)テーブルです。0.1mmほどの厚さでも綺麗に仕上がります。実は、以前、プレナー(自動鉋)で試したことがあります。無理でした。
今日は長い間の懸案が解決した日です。感動する瞬間です。実は、この方法は初めて試すものです。
結果の如何を予測できなかったのです。その後、接着剤で固定します。邪道とは思うものの、プロの皆さんもこの方法に頼っているようです。
次は塗装です。これまでの第1作目と2作目は無塗装の白木(しらき)です。これはこれでそそられます。潔(いさぎよ)く清潔感があります。
何よりも馥郁(ふくいく)とした香りを放つところが秀木の青森ヒバの白木の捨て難いところなのです。迷うところです。
しかし、懸念は汚れです。その解決には塗装せざるを得ないところです。迷った末、塗料を漆(うるし)にします。「拭漆(ふきうるし)」です。これは、塗った漆を拭き取る方法です。ある意味では贅沢な漆の使い方です。それは、使った漆の殆(ほとん)どを捨てることになるからです。
一般的には5~6回も繰り返します。回数を重ねる毎に光沢が増す傾向があります。しかし、今回は2~3回程度にするつもりです。折角の青森ヒバです。その木の雰囲気を薄い漆の膜から窺(うかが)うことのできる厚さに止めるつもりです。
尤(もっと)も、多少厚く塗ったとしても、時間の経過とともに漆は透明化します。特に陽光が透明化を促進させます。とはいっても、その時間は数年レベルです。勿論、その頃の歯は磨り減っていることになります。あれやこれやの迷いが交錯します。
久しぶりに漆を扱います。作業時間はほんの一瞬ですが準備と後始末が大変です。いつものことです。明日から数日は漆とのお付き合いです。しかし、青森ヒバの拭き漆仕上げの下駄です。おそらく、今の世の中には存在していない筈です。面白くなりそうです。
2011/08/21(日)
19:04