
今日はM氏の13回忌です。昼前に出かけたころの気温は29℃です。雲間に綺麗な青空が顔をのぞかせています。奥州最北端の夏本番はこれからの筈ですが、既にその様相です。
M氏にはたくさんの顔があったようです。藝術の範囲では彫刻と文学です。発表当時はよく理解できないものもありました。最近になってその味わいを理解できるようになったようです。
ペンネームは知る人ぞ知る「戸塚喘三(ぜんぞう)」です。当時の住居が現在の高田馬場、西早稲田の戸塚に住んでいたことと、持病に喘息(ぜんそく)があったことで選んだ名前だったようです。
記憶にある作品の中に「最も低い溝の歌」があります。これは、ランボーの、「最高の塔の歌」に対してつくったものです。そのランボーの歌は、『あらゆるものに縛られた/哀れむなしい青春よ/気難しさが原因で/僕は一生をフイにした・・・』だったようです。

対する「最低の溝の歌」は、『惚れた腫れたは浮世の泡(あぶく)/消えて生まれて流れて無常/常無き心流離(さすろ)う胸に/廻り来るなし永久(とわ)の喜び/冬夏の雪雨泡をつくり/春秋の風流せど消せど/自然を愛でる人の心は/それと離れて孤独のものを/???????/???????/????????/???????/がんじがらめの因果により/自然を求める生身の故に/きりきり舞は真っ平御免/惚れた腫れたは浮世の泡/消えて生まれて流れて無常/常無き心流離(さすろ)う胸に/廻り来るなし永久の喜び』だったようです。
?部分は失念しています。何せ半世紀もまえに聞かされたものです。今日の法事にはそれを知る方も出席されていました。懐かしい青春のひとコマです。
帰宅後は「箱」に手を掛けます。この類(たぐい)はゴールが近づくにつれて不満足が増長してくるのが不本意です。スタート時点には全く不安がなく意気揚々とした門出であったものが時間の経過とともに妥協がベッタリと絡(から)んでくるのです。

今回のテーマは「ダブテール」です。この細工のポイントはミゾと出っ張りの深さを一致させることと幅をほぼ同一にすることです。
何れか一方の設定にミスがあれば、その段階で万事休す、となる応用性や柔軟性に偏屈なものです。その不本意の中、少しだけは前進したようです。
トリマーは使い慣れているつもりでしたが、つい、刃の出口の配慮に欠けます。残念な結果になりますが、この現実にもまた妥協することになります。
暑いです。合歓(ネム)が咲き始めています。この合歓は30年ほど昔、津軽の庭から移植したものです。植えてから数年は咲けないでいました。ある年突然数輪が咲き、翌年から天文学的に増えてきたものです。
昨日、1~2輪は確認しています。今日は100輪ほどに増えています。これからが花の旬です。しかし、憂いもあります。花の大きさは年々小型化しているようなのです。
おそらく、肥料不足や環境の苛酷さが作用していそうです。今年こそはフォローするつもりでいます。