晴れから雨の予報です。しかし、夕刻になってもまだ降れないでいます。このぐずつきが湿度を高めているようです。

スイカ(西瓜)の花が咲いています。ゴーヤの花に似た黄色です。ここ数日の暖かさが齎(もたら)した恵みのようです。

木工作業には、やはり汗が伴います。今日のツールの主役は糸鋸盤です。「肩揉(かたもみ)み器」の下拵(したごしら)えです。実は、デザインの吟味(ぎんみ)でこのところ躊躇(ちゅうちょ)していた課題です。しかし、稚拙は稚拙としても前進することになります。

厚さの異なる部材を準備していますが、1寸のものからスタートします。エンピツで大雑把に書いた線を参考にして切り抜くだけです。誰でも出来る簡単な作業です。

しかし、量が多いことで気力の充実が必要です。いつものことですが、1つ手をかけることで1つ仕上がることに感激します。そして1つ仕上がってから次に手をかけます。

楽しんですることが長時間の作業に耐える秘訣のようでもあります。いつの間にか30個ほどにもなっています。少しであるものの前進したことになります。とりあえずは何とかなりそうです。

続いて、箱に思いが馳せます。これらの玩具(おもちゃ)を入れる器です。数種類でしかないものの、これまでいくつかの箱を作っています。しかし、今回は新しいバージョンにしたいところです。勿論、つくりは極力簡単にしたいところです。


工房に眠っていた1寸×1寸3分のタルキ(垂木)にカンナ(鉋)をかけます。本来は手押しカンナで直角を出すべきですが、多少の狂いに神経質になる必要のない類(たぐい)です。省略することにします。そして直方体の12のフレームをつくります。

このカットには台つきの丸鋸が登場します。当然のことです。昨日から本格稼動している利器です。やはりフットワークが良いです。

手の動きは機織器(はたおりき)に似ているようです。シューンとした快音が伴います。しかし、どうやらこの快適さがやや不安でもあります。本質の見落としです。

何回かの試みで成功していることでいつでも成功するものと錯覚する傾向があります。『これまでは問題なかった。』、という、謂わば、本質に目を瞑(つむ)る心理が働くのです。

先駆者はその唯一の細い道を試行錯誤で進みます。無数の選択肢の中から1つのルートを見出してです。そして成功します。

後続者はその成功の連続に、『いつも成功するものだ。』、と誤解してしまうのです。ジットコスター、鉄道、原燃等の不幸な事故は、このメカニズムが働いているようです。近年開発、発見されたものの多くは成功と失敗が紙一重に同居しているようです。

0.1mmでも刃に触れなければ問題はないのですが、少しでも触れれば怪我(けが)に繋がる明確な因果関係です。その意味で、良すぎるフットワークの現実に不安を覚えるのです。



夕刻、お通夜に参加します。昔ご教授をいただいたN氏の葬儀です。質実で剛健な行動力を目(ま)の当たりにさせて下さった方です。

また、山野草に興味を持つきっかけをいただいた方です。KUROOBIのつくった桶(おけ)の箍(たが)について評価していただいたこともあります。

惜しむらくは、顔見知りの会葬者がO氏とG氏だけです。昔とはいうものの、N氏に命を救われるほどのご恩を受けた方々は無数にいた筈です。ま、これが今の内閣はじめ世の中の常識であるのかも知れません。少し寂しいです。


今日は七夕(たなばた)です。残念ながら、今になって降り出します。『盈盈一水間脈脈不得語 ・・・。(えいえいとしたいっすいのへだて、脈脈として語るを得ず・・・。』です。

だとしても、来年の今日まで待てば良いだけです。これまでの永劫(えいごう)を思えば一瞬の筈なのです。



2011/07/07(木) 21:17