今日も良い天気です。今日も朝から「皮剥き(かわむき)」です。笛の材料となる青森ヒバの枝です。適度な太さが要求されます。

数百年を経たヒバの枝は太いことから不適当です。比較的若い木の枝を採用したいところです。その枝を先日入手しました。

しかし、即、「皮剥き」を迫られます。昨日は半数ほどを終え、今日はその残りです。やはり、4時間ほどを費やしました。一旦剥いたものは陰干ししておくだけです。一件落着です。

昼前、Y社長がお出でになります。近いうち、昨年運び入れた「カラマツ」を挽(ひ)くことにしました。これでペンチをつくるつもりです。

実は、つい先日の回覧板に、「小学校でベンチの寄贈を希望しています。」、という記事が載っていました。

間に合うかどうかはわかりませんが、何とかつくってみたくなっています。また、ベンチは公園や畑からの希望もあります。折を見て庭でつくりたいところです。


昼前、「ほたる湖」に行ってみます。メダカの様子確認です。実は、2年前の秋に工房KUROOBIのメダカを放しています。

やはり、環境が良いようです。グジヤグジヤど増えています。蹲(つくばい)に入れるにはもってこいのようです。

水だけを入れた蹲は蚊(カ)の養殖所になります。小魚を入れておくのが作法のようです。料亭の庭ではメダカを飼うことが常識のようです。

下方の田んぼでは今日が田植えです。午前中は小学生が参加したようですが、ご年輩のご婦人方が植えています。つい、佐々木信綱がつくった「夏は来ぬ」の3番を思い出します。『さみだれの そそぐ山田に 早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる 夏は来ぬ』です。

実は、昔からこの歌詞に違和感を持っていました。春だ春だ、芽出しだ、と騒いでいる5月の今に「夏」の表現です。奥州最北端の地では少し苦しいところです。しかし、春は夏のイントロダクションであることには間違いないようです。

また、裳裾(もすそ)をぬらしているのを早乙女(さおとめ)に表現していることです。実際には、熟練者のご年輩の皆さんが主力のようです。少女に限定するには多少の無理がありそうです。

しかし、ご年輩とはいうものの、生き生きとした動きはうら若い早乙女そのものです。無理な表現でもなさそうでもあるのです。

不思議な歌詞ですが何となく納得もします。これもピタゴラスの定理の証明に似ています。流石(さすが) 佐々木信綱さんです。



また、この、「さみだれ(五月雨)」は梅雨時の雨を表現しているようです。旧暦の梅雨は5月ごろの意味があるようです。アンバランスではあるものの、不思議に納得する世界です。


ここ数日、よく観察していなかったところに「クマガイソウ(熊谷草)」が咲いています。

和蘭(ラン)の一種です。熊谷次郎直実(くまがやじろうなおざね)の「クマガイソウ」、無冠の太夫敦盛の「アツモリソウ」とでは葉が全く違いますが、花はよく似ています。種類は違っていても花はよく似ています。春ランもシンビ、エビネも同類のようです。

2011/05/25(水) 21:39