
午前中は真っ青な空です。久しぶりの透明感です。夜間の気温は零下ですが日中は10℃弱と高い気温です。融雪が顕著です。
青空に誘われ、これまで室内に置いていた山葵(わさび)の数鉢を外に出します。先日、K氏からいただいたものです。白っぽい花芽(はなめ)が既に出ているものをいただきました。
奥州最北端では、雪の時期に花を見たくなります。しかし、単に秋に室内に取り込んだものには花は付き難いようです。実は、今年の正月に見るつもりの山葵(わさび)が花をつけませんでした。
どうやら、一旦、寒さの洗礼を受けることが花芽(はなめ)をつける条件のようです。K氏も、『この間まで外に置いていました。つい先日から室内に取り込んだ鉢です。』、と解説していました。この理屈が解れば大丈夫のようです。おそらく、来年の正月には白い花を楽しむことができそうです。
今日も木の磨(みが)きです。恐縮するほどの微粉末を生じます。例によって庭の一角が作業場です。単に、木の表皮の削除ですが、意外な時間を要する作業です。単純作業ではあるものの、筋力トレーニングを兼ねることで、やや充実感は伴います。
単に表皮の削除とはいうものの、それぞれに事情はあるものです。話は飛びますが、ほとんどの木に赤身と白身があるようです。
赤身は芯(しん)部で一般的には硬い部分です。他方白身は外側で柔らかい部分です。その白身が腐(くさ)りやすく虫が入りやすい部分です。
伐ったケヤキ(欅)を数十年外に出しておくと、この白身部分が朽ちて、硬い赤身の芯だけになります。工房関係者はこの乾燥した芯材を貴重としています。
今回のイチイ(一位)とエンジュ(槐)にもその傾向があります。しかし、エンジュは白身に入った虫が芯部にも侵略する傾向があります。その理由からか、『エンジュは伐ったら皮を剥(は)いでおく。』、というセオリーがあるようです。更に、『床柱(とこばしら)に使うエンジュは白身と赤身の対比を強調する。』、という、昔からの価値観があります。その白身を綺麗な状態で乾燥するには伐った瞬間に表皮の薄皮を剥ぐようです。おそらく、虫の侵入を防ぐ意味もありそうです。
今回のエンジュはその手当てをしていないものです。白身を削除しても、数本に虫の移動した跡が目撃されます。針の孔のように小さいものです。それらの削除を兼ねた粗削りです。
粗目のグラインダーの後、100番、240番のサンダーで磨きます。次に気を使うのは粗いサンダーの目の跡の削除です。これには瑕(きず)をつけた目と同じ番号のサンダーを使っています。木の縦(たて)方向に繰り返すことで消えます。
数時間の作業で腕はパンパンになります。少しの矛盾を感じます。プレナー(自動カンナ)や旋盤(ミニレース)を使う工程にはさほどの筋力トレーニングはなく、所要時間も短時間です。他方、木の持つ自然美の表現に膨大な時間を要することです。
今回の作業目的は、当初は「笛」の下ごしらえでした。しかし、作業しながら別の目的に飛躍してきます。ペーパーウェイトにも使えそうなのです。多情なり、です。即、仕上がりの雰囲気を確認したくなります。
本来は最終段階でする塗装です。オイルフィニッシュは先般使ったエアブラの塗油です。やはり、まったく異なる表情になります。
震災どころではない事態が現実になってきました。この日記でも訴えましたが、地震直後に容易に推測できたものです。昔から変わっていない取繕(とりつくろ)いと隠蔽体質のツケです。ジワリジワリと表面化する事態だけを優先してきた結果です。
『ただちに影響は無い。』の曖昧さに、世界中の誰もが矛盾を感じていました。全くの間違いであったことを今日になって訂正です。どちらも、自己弁護を優先する国会答弁の哲学を基本理念としているようです。
事ここに至っても体質の変化が窺(うかが)えないことに、世界中が気付いた瞬間です。安全確保が最優先です。20km、30kmの次元ではない筈なのですが・・・。人命には最悪を仮定しての対応をすべきなのです。
セコい商売根性には大局を見失う傾向が伴います。与党に共産党が賛成し、つなぎ予算が成立する見通しです。野党の最右翼の共産党が、です。根本的に相容れない主義主張の両党の協調です。
他方、他の野党全党が男を下げる結果になります。共通するセコしい哲学の強調の果てです。今はそれどころでは無い筈なのですが・・・。
2011/03/28(月)
20:09