「震災事情」・・・想像力

被災者にご冥福をお祈りしながらも、一日も早い復旧、復興をお祈りしています。

2週間を過ぎても終日の震災関係の番組です。入れ替わり立ち代りの討論会です。それぞれの専門家の意見にもどかしさを感じます。特に放射能の対応にはハラハラします。

欠けている要素があるのです。これまでのどなたも、「予測できる将来」とそれを前提とした対応策に触れていないことです。

昨日になって、ようやく、「想像力」に触れた解説者がいます。遅きに失するものの見事です。文化部のY氏です。ちょうど、湾岸戦争のときの軍事評論家のE氏のようです。当時、表面に出ていない情報を詳(つまび)らかにする洞察力は他の解説者とは全く違っていました。

結局、「今の状況はこうだ。だから2日後、10日後、半年後、10年後にはこうなることが考えられる。したがって今はこれをやろう。」、という方程式を唱(とな)えないことがもどかしいのです。

被災者皆さんが望むのは、この一点だけのようです。今は、それを洞察する「想像力」が望まれているようです。

放射能に汚染されたチェルノブイリでも、村人はその地を離れなかったそうです。その地でなければ生活できないことを認識していたからのようです。

福島の原発地区の皆さんも同じ事情があります。将来にわたる生活の見通しが立たなければ移住する気にはなれないのです。

批判はあったとしても、号令は権力を持つ国の代表者が発すべきです。アルバムよりももっともっと優先される筈の号令です。眼前の損得にとらわれた瞬間に正義を失います。見返りを求めない思想だけが解決に導く筈なのです。



「工房事情」・・・二刀流

チラチラと時折の雪です。昼前は明るい陽光に恵まれます。工房活動の場所を四阿(あずまや)に移しました。秋以来です。グラインダーを使うことから木の微粉末に気を使ったのです。「笛づくり」の下拵(したごしら)えです。

右手にグラインダー、皮手袋をはいた左手には加工材を持ちます。二刀流です。グラインダーは重いツールです。本来は両手でしかりと保持して使うものです。右手一本では長続きのしないウェイトトレーニングのようなものです。

時折庭を徘徊(はいかい)しながらの休み休みの作業です。結構、寒くもあります。全体の半数で妥協します。衰えも手伝っているようです。それでも明日は筋肉痛を味わうことになりそうです。


「園芸事情」・・・孤高

つれづれなるままに、雪の消えかかっている一角を窺(うかが)ってみます。狙(ねら)いはフクジュソウ(福寿草)です。

消えて間もないあちらこちらにシャキッとした芽が出ています。地表から6cmほども出ています。そろそろ咲く気配があります。不思議な生命の営みを垣間(かいま)見ます。


川原に降りてみます。ニホンサクラソウ(日本桜草)が気になっていました。株分けを4年ほどもしていませんでした。この株分けは二月頃と言われています。しかし、それは首都圏を基準とした時季です。奥州最北端では一ヶ月以上の遅れの筈です。今頃が適期のようでした。

地表には姿を見せてはいませんが、剣スコップで掘り返してみるとグジャグジャと生まれたばかりの新芽が詰まっています。お盆一枚ほどの広さに50~60も確認できます。そのひとつひとつをできるだけ独立させてやります。

殆どは再び埋め戻します。しかし、つい、植木鉢にも移植してしまいます。管理が行き届かないことは解ってはいるのですが、その気になってしまうのです。

作業中、お向かいさんのY氏から声をかけられます。すかさず、このサクラソウのいわく因縁を語ってしまいます。津軽のT氏の庭に一世紀以上も前からあったものです。原種のようです。4~5年前、その500株ほどを移植しました。

サクラソウには無数に近い種類があります。しかし、このニホンサクラソウは唯一?孤高に拘(こだわ)っている種類です。20cmほどのスッとした茎の上にパラリとしたサクラに似た花弁(はなびら)をつけます。

2011/03/27(日) 18:39