「越冬事情」・・・Wednesday’s child

久しぶりの銀世界です。昨日までの家の前はアスファルト状態でした。庭もまた真冬に逆戻りです。少し唖然とします。青空の下で雪や氷がダラダラと融けるのを数日見て、春がインプットされていたのです。

零下の中の降雪は、今の季節としては当然のことです。しかし、今朝の雪が、今が冬の真っ只中(まっただなか)であることを容赦なく思い知らせてくれます。

このような状況認識の甘さを面と向かって指摘されるときには、いつも「Wednesday’s child(水曜日の子)」を思い出してしまいます。これはマットモンローが歌った、映画「さらばベルリンの灯よ」の主題歌です。

Wednesday’s child is a child of woe, Wednesday’s child cries alone I know. When you smiled just for me you smiled, for a while I forgot I was Wednesday’s child. 

Friday’s child wins at love they say. In your arms Friday was my day. Now you’ve gone well I should have known, I am Wednesday’s child born to (be) alone.


くどいようですが、マットモンローの歌では、最終行は、I am Wednesday’s child born to aloneではなく、I am Wednesday’s child born to be alone だったと記憶しております。

誤訳を覚悟で訳したことがあります。内容としては、『水曜日生まれの子が一瞬の恵まれた環境で、つい金曜日生まれと勘違いしてしまいます。間もなく、水曜日生まれであることを思い知らされる。』、というストーリーだったようです。マザー・グースの数え歌を引用した詩のようです。

ほんの2~3日が氷点以上であっただけで春と誤解し、再びの雪で真冬であることに気付かされることが情けなくもあります。


「工房事情」・・・分揃え

日課の「箸置きづくり」の材料を使い切ってしまいました。今日は鉋(かんな)がけです。要する時間の長短は、カンナの刃の出し方によって左右されます。

刃を多く出せば多くを削ることができます。結果的には少ない回数で済みます。しかし、刃にかかる負担もまた大きくなります。本来は、出す刃の量を少なくするようです。必然的にプレナーに通す回数は増加します。

今日は後者の方法を採用しました。やはり、同じ面に何回もかけることになります。扱った材は100本です。全部で400面です。それぞれに5~6回です。いつもは小一時間で済む作業時間が4時間近くにもなりました。

作業内容は難しくはないのですが、この長時間が厄介(やっかい)です。堪え性(こらえしょう)のない腰がすぐ訴えてきます。しかし、休み休み、ニコニコしながらの作業がすべてを解決してくれます。


プレナーを通す本来の目的は、木の表面を整えることにあります。しかし、すべての材の分揃(ぶぞろ)えもしてくれるのが嬉しいです。

手鉋(てかんな)では難しい、貴重な仕事をしてくれるのです。鉋がけを終えた100本を10×10本にまとめるとキッチリした正方形になります。当たり前のことですが、感動する瞬間です。


昼前、達人のI氏とW氏がお出でになりました。Y製材所からの材料調達の途中です。「積木(つみき)」のパーツをつくっているようです。積木は昔から受け継がれてきた文化遺産です。しかし、ここ最近、特にクローズアップされています。

勿論、玩具としても優秀なものですが、本物の木に触れさせたい、という親心が反映してもいるようです。密(ひそ)かなブームになっています。

我が工房でもつくっています。いくつかの意識しているポイントがあります。ひとつは、材料に青森ヒバを採用することです。そして、パーツは可能な限り単純にすることです。

WEBを探索すると、やはり、同じ観点でつくられた積木があります。すべてが同じ形のパーツです。しかし、その一種類から無限?の形をつくることが出来そうです。もう一度「積木」について悩んでみたいところです。

2011/02/10(木) 21:00