このところの沐浴(もくよく)にはまだ暗いうちに出かけます。とはいうものの、今は6:30過ぎの遅い時刻です。これから更に日の出は遅くなるようです。

薄明かりに見ると結構積もっています。場所によっては膝(ひざ)の高さもあります。反面、ほとんど積もっていないところもあります。風の悪戯(いたずら)のようなものです。

その時刻でも家の前には歩いた跡が無いことが新鮮です。今日は日曜日です。ゆっくりできる日です。除雪は沐浴後でも良さそうでした。

昨朝ほどにはシバレていないようです。雪にネバネバ感があります。氷点近くはありますが、雪を片付けた後のアスファルトは濡れています。重い雪ですが、タイヤショベルでは扱い易(やす)いです。


今日も漆塗りからのスタートです。昨日の漆がサラサラと乾いています。気温は低いものの、湿度の高さが作用しているのでしょう。スタンバイと後始末を含めて小一時間ほどを要します。

1回目の「拭き漆」の後では木地が毛羽立つものです。400番のサンダーで軽く撫(な)でてやるだけでスベスベになります。その後2回目の塗りです。

使っている漆に硬くなった漆が混ざっています。瘡蓋(かさぶた)のようなものです。昨日はこれを「吉野紙」で漉(こ)しました。しかし、今日はそのままを使います。

漉すための時間がかかり過ぎることもありますが、あとで拭き取ることから然程(さほど)問題は無さそうなのです。2回目にしては結構な艶(つや)がでています。

聞くところでは、昔、輪島(わじま)でもこの厳寒期に塗っていたとのことです。雪に埋もれながら、ひっそりと漆器を鍛えていたのです。そして雪融け後から、その作品を背負(しょ)って各地に行商に出かけたのだそうです。おそらく、初冬にかけてのようです。

「輪島塗り」の名前を全国に浸透せしめたのは行商にあります。しかし、それは同時に、冬の塗りに支えられていたことになります。一剣を磨く冬期間に、どれだけの激闘が演じられていたかが想像できそうです。

本来?、作品づくりは、ひっそりと一人で闘うもののようです。奥州最北端の厳寒期の塗りも、全く邪道とはいえないようでもあります。


先日依頼された「看板」用の青森ヒバを工房に入れました。暫らくの間、デザインの吟味(ぎんみ)を楽しむことになります。

当面は、アマ(腐り)や節(ふし)を生かすための曲線の取り方が最大のテーマです。

実際の作業にはまだ手はかけていませんが、この段階に既に、葛藤(かっとう)と決断の熾烈(しれつ)な戦いが演じられていることになります。こうでなければ面白くも無い世界です。

使うツールは、チェンソー、鑿(ノミ)、丸鋸(マルノコ)、鉋(カンナ)、ディスクグラインダー等です。必然的に微粉末が舞います。ホコリを嫌う漆塗りとは相容れない世界です。

大抵は、木地づくりと塗りは分けて担当しています。昔から、「木地師」、「塗師(ぬし)」の名前があるほどです。しかし、この木地づくりと塗りを一人で熟(こな)している工房もあります。その場合は、塗りの部屋は完全に隔離されているようです。

工房KUROOBIでは、塗り作業を完全に終えてから木地づくりです。どちらにも捨て難い魅力があるからです。勿論(もちろん)その間は、天井(てんじょう)や桟(さん)に付着している微粉末を舞い上がらせない配慮はしているつもり?です。


雪は明日以降も続くようです。日課の中に、普通に、「雪片付け」が市民権を持ってきます。

2010/12/26(日) 17:31