
今日はポカポカ陽気です。予報以上の気温です。この機に乗じて、あれやこれやの木々の芽が萌え出しています。昨日まで気づかなかったコゴミ(草蘇鉄)もニョキニョキと出ています。
今日、開化宣言があります。桜の北上速度は「日速20km」といわれます。これは、「分速14m」で赤ちゃんのハイハイする速度だそうです。上野公園の3月末からの待望していたサクラです。奥州最北端では「合浦公園」を基準にしたようです。旧市内から車で20分ほど離れた自宅近辺は、昨日から咲いています。T旅館の庭です。
咲く瞬間に立ち会った以上、散る時も見届けたくなります。その後、秋までは葉を楽しみます。吉田兼好が著した「徒然草(つれづれぐさ)」を思い出します。『月は、隈(くま)のない状態だけを見るのではない。』、『花は、咲いた瞬間、これから次々に咲こうとする瞬間だけを見るのは勿体ない。』の『花は盛りに』です。
その表現したいところは、むしろ、『咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころ多けれ。』にあるようです。我が工房の作品とも似た世界です。「やや「勇み足」をした刃の跡や瑕(きず)跡、数ミリの段差、斑(むら)のある塗装、等々にこそ、見どころが多い筈だ」、と弁解する毎日です。

今日の工房作業は庭でします。テーマは、「フラワースタンド」です。このシリーズの3作目です。「ホゾ組み」バージョンです。当面の目標数は5脚の予定です。まず、ホゾ加工です。脚に繋がる「幕板(まくいた)」の両端部分です。ツールは、例によってスライド丸鋸(まるのこ)です。作業は単純ですが、刃の高さや位置設定に正確さが要求されます。
いつものように、薄い紙1枚のレベルで同一平面にならないのが不思議です。この工程のときにいつも思うことがあります。アインシュタインの相対性理論です。彼はその中で『絶対的同時性は存在しない。』と言っていたようです。理解の及ばない世界ですが、或いは、このことを説明したかったのではないか、と思うほどです。
1作目と2作目で、大雑把の様子は掴(つか)んでいるつもりでした。最初は順調でした。しかし、途中から寸法の間違いに気づきます。対処方法は、単に短くするだけです。短いものを長くすることは無理ですが、その逆は可能です。一部に、2度手間を余儀なくします。歳相応の可愛い間違いです。
韓国の船舶事故が残念です。仮に、救済の可能性があったとすれば猶(なお)無念です。国の代表者が『乗客を船に残して乗組員が避難したのは殺人にあたる。』と言っています。正確な事情が明確でない今の段階での発言としては疑問がありそうです。その内容は、発言者の本人にもあてはまるようなのです。

多くは、『何故、日本やアメリカに助っ人依頼をしなかったのか。自国のメンツ(面子)で多くの人命を犠牲にしたのであれば、国の代表者には船長以上の罪にあるのではないか。』と思うのが普通だからです。或いは、それも早計のようです。まだ事情が把握されていないからです。
或いは、他国に依頼するどころではない混乱があったかも知れないのです。判断能力の喪失です。とはいうものの、他を悪者にすることは、自分の保身のための常套手段です。そのことは、国民はじめ世界の多くが感じることになります。困ったものです。
今回の事故原因を考えてみます。どうやら、これに限らず、どの事故にも共通な要素があるようです。古くは、昭和29年の洞爺丸事故(とうやまるじこ)です。死者・行方不明者あわせて1155人にも及ぶ最大級の海難事故です。この原因は、気象庁の誤報を信用した結果だったようです。
しかし、最近の、北海道JR、管理室の崩壊による放射能の垂れ流し、つい先日の居眠り運転、アフリカの手話通訳、も同種のようです。そこには、『前任者がこのようにやって問題はなかった。』、『以前、同じようにやっても問題なかった。』、『誰々を信じた。』等の、共通の理屈が見えるのです。・・・。あたら若い命が消えています。お悔やみの言葉も失っています。